まっけん内科クリニック

内科・循環器内科・心療内科
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今週のコラム

第9回:「暗愁」と「郷愁」

2024-03-18

きがけ新聞に直木賞作家・五木寛之の"百年人生の指針"と題した講演会の記事が掲載されていました。

日本では"うつ"は排除すべき忌み嫌うものとされています。しかし、世界を見渡してみると"うつ"は人生における大切な感情として認識されています。

これと同時に、似た意味合いの「暗愁」という言葉を紹介していました。長い人生を歩むためには、日々の喜びだけでなく「暗愁」も抱えなければならない、と。「暗愁」は暗い影を帯びた愁いです。それに対し「郷愁」は望郷心、山田洋次監督の映画「男はつらいよ」シリーズの主人公、「フーテンの寅さん」が旅先で流れる雲を眺めながら、遠く葛飾柴又に思いをはせることです。

「小説の神様」と称される大文豪・志賀直哉が鬼籍に入った馬事公苑近くにある総合病院で私は内科研修医となりました。二年目に参加した冠動脈インターベンション・ライブデモンストレーションで、日本循環器学会と日本インターベンション学会の会長を歴任した「師匠」とスクリーン越しに運命的な出会いをしました。

「師匠」が執刀医として一挙手一投足が大写しになり、複雑な冠動脈病変を見事に修復していきます。ガイドワイヤーが的確に病変を通過し、バルーンがそれに追従して病変を捉え、拡張します。心電図の「ピッピッ」とシネフィルムの「ザーザー」、そして師匠の「オーケー」という掛け声、その三位一体の臨場感に魅了されました。私の進むべき道が決まりました。

緊張しきって"師匠"の門をたたいたら、再び"オーケー"の一言で入局が決まりました。私の冠動脈インターベンショナリストとしての第一歩が始まりました。しかし修行時代は、ノルアドレナリンを握り、血圧が下がった時に点滴ラインから注入するのが主な仕事で、カテ台の下でゴキブリのように這い回っていました。

冠動脈インターベンションを初めて執刀したのは、北関東一の繁華街がある高度救命救急指定病院でした。ここは二十四時間オンコール体制で、時間外勤務が通常勤務を上回っていました。しかし、誰よりも早くカテ室に入れば執刀医になれるという"トークン"つまり、報酬が得られるシステムでしたので、必死に駆けつけました。手技がうまく運び、冠動脈の閉塞部が再灌流した瞬間に、患者さんの胸痛がうそのように消失する様子を目の当たりにし、それに夢中になりました。

数年後には一人前の冠動脈インターベンショナリストに成長したのかと自認していました。しかし、どうにも疲労が蓄積して、どうしても出勤できなくなり、「悲観を伴う低活動状態」まさに「うつ」に陥ったのでした。午前中は布団で悶々として、昼食後に公衆浴場でサウナに入って夕方から晩酌。ただひたすら眠ることしかできなかったのです。

こんな「暗愁」を抱えたまま浮かんできたのが、部活を終えて自転車で家路を急ぐ晩秋の西の空でした。夕焼けにグラデーションを帯びて赤らみ、稲藁を焼く煙がのろしのように白く立ち昇って鼻腔をくすぐる原体験でした。私は「郷愁」に引きずられて、四半世紀ぶりに故郷に戻りました。